現代詩

カワセミ~公園にて

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 市街地の公園でカワセミを撮りました。毎年この時期にここへやってきます。昨年はあまり来てくれませんでしたが、今年はどうでしょうか。

 *画像をクリックすると大きくなります。

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 数日前、同じ公園で撮りました。何の実なのでしょう。

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 所属している現代詩サークルが、市の文化祭に展示参加。今日はその準備を行いました。各自の作品の展示位置をめぐっては、和気あいあいの中にも微妙な駆け引きがあり、楽しいひとときでした。

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詩 残された時間

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 久しぶりに詩を載せます。第17回長野文学賞で、最終選考に残ったものの結局落選した拙作です。


         残された時間

     通り過ぎたあと

     親のような温かさで

     先を急ぐ私の背中を包みこむ

     振り返れば

     螺旋状に広がりながら

     たちまち押し寄せてくる

     生まれ育ち

     血肌のようにいとおしいこの場所


 
     しかし私は

     それさえも気づかず

     大切なものを見失いながら

     突き付けられた使命を果たすことに躍起になっていた

     大きなものの

     ほんのひとかけらになって



     世界は確かに広く深く

     美しく連鎖しながらそこにあり

     その一方で私たちは

     けっして目を逸らすことのできない世界を

     ほんの小さな容積の中に押し込めては

     自らそれに翻弄されたりもしている



     もっとしっかり見据えなくてはならない

     ここにはたくさんの人たちがいる

     言葉を交わしたことはないが

     あだ名で呼べそうなくらい愛着がある

     巻き上げられた土埃にまみれ

     一層引き立つ表情がある

     覚悟を決め

     ゆるやかにいざなうタナトスに身を委ね

     老いてなお

     時流の地層のそこここに散りばめられた化石のように

     確かな輝きを放っている



     不意に懐かしさがこみ上げてきて

     あの時私の前をかすめ通っていったのは

     母だったことに気づく

     今

     私をいだくすべてが母となり

     何もかもを知り尽くしてきたその目で

     瞬く間に私を射貫いていく

   

     残された時間の淵で

     私はただ一人

     立ち竦んでいる

     その先にある

     避けようのないものから

     遠ざかることばかり考えている

   

      

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ライブ参加と詩の朗読

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 8月2日、1年ぶりにライブに参加しました。昨年と同じく、岡谷市にあるライブハウス『ファイブペニーズ』で行われました。参加6ユニットの一つとして、ギターの弾き語りで3曲歌いました。

 予想以上に多くの方々が聞きに来てくれ、とても気持ちいいライブになりました。関係者の皆さん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。

 *画像をクリックすると、少し大きくなります。

Photo




 このライブの発起人Yさんが、ライブの中で、私の詩を朗読してくれました(下掲)。心がこもっていました。感謝です!

            遠吠えのもとへ

         ひたひたと生きてきて今

         私はわかったような気がした

         あの朝の目覚めの後に聞いた遠吠え

         いったいどこからやってきたのか

         あれ以来私は

         生きることに気を許さず

         いつもつま先立ちして歩いていた

         こんなにも損なわれて

         これはもう二度と立ち直れないくらいの痛手なのに

         私は乗り越えていく

         それは遠い昔の

         あの朝の目覚めのときからのいとなみがあったからだ

         全身からみなぎるものを

         今 私はたしかに解き放っている

         私はわかったような気がした

         あの朝の目覚めの後に聞いた遠吠え

         いったいどこからやってきたのか

         私は引きずられていく

         どこからかの 新しい遠吠えのもとへ

       
         
                   

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普通ではない現実がある

 中3の女子生徒が、真夜中、就寝中の父親(46歳)を包丁で刺し殺す、という出来事がありました。その3日前には、中2の男子生徒によるバスジャック事件もありました。結果としての行為に違いこそあれ、二人の心の根底にあるものは同じだったのではないかと思います。今回の出来事を知ったとき、1月に起きた八戸母子殺害事件を思い出しました。18歳の長男が、母親と弟と妹を殺し、母親の腹部をサバイバルナイフで切り開き、そこに人形を詰め込みました。そのときには、その背景に『普通ではない現実』があると考える他ないと感じました。しかし、もしそうだとしたら、それはあまりにも悲しい現実に思えてなりません。

 数年前、娘と父親のことを詩にしました。

    FATHER

娘は

壊していく

自分が壊れないために

言葉と力と心で

買ったばかりのアイ・ポッド

友だちからの手紙の束

祖母の形見の京人形

自分の身体の一部

母親


踏みにじっていく

かけがえのない思い出

大切にしていたものへの愛着

理想の象徴への憧憬

注がれていたはずの愛情



明け方

矢も楯もたまらず確かめにいく

闇にまみれ

私は目を見開き耳をそばだて嗅覚を研ぎ澄ます

やがて一つのいのちが

ゆっくり静かに寝返りを打つ

こんな日でさえ

向かわなくてはならない場所がある

ビジネスという名のもと

責任や権限を携え

祭の旗がたなびいている

雲が淡くやさしく流れていく

歩道橋の上から母子が国道を見下ろす

家々のしじまが扇状地をせり上がる

軽やかなコーナーワークで

宅配ピザ屋のスクーターボーイが疾走する

なににも目を奪われず

私は情景を無口にする


昼下がり

まどろみの最中

私を揺り動かすものがある

青い空

白い雲

緑なす山

きらめく湖

そよぐ街路樹

あたりまえのようにあるものすべてが

私の父となり

私に目を見開き耳をそばだて嗅覚を研ぎ澄ます

見守られている

その息苦しさと安堵とで

私の心もゆっくり静かに寝返りを打つ

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手の中の湖

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 たまには詩でもどうぞ。

 毎日のように湖の周囲を行き来しています。私の詩に、湖が登場することが多いのは、自然なことのように思えます。湖にはたくさんの野鳥がいます。私が野鳥に魅かれるのも必然なのかもしれません。



     手の中の湖

ゆったりと流れて

川は

やさしく湖に吸い込まれていく

あの頃のまま

大いなる循環のさなか

その水は

あらゆる空と大地を知り尽くしてきた

やがて

きっとまたここへもどって来る



二人の間の

大切な話の途中で

唐突にあなたは

湖のでき方なんか聞くから

私には応える術もなく

ただ沈黙するしかなかった



若さは

未熟さを

未熟さとして受けとめられない

しかしどうだろう

もう若くない私が

あの時の小さなつまずきを

今ですら消せない

何度も夢見て

その度に泣いた

あなたの手を引き

走っていく

湧き水が溢れ出ていて

私はそれを両手で掬い

手の中にできた湖を

そっとあなたに差し出す

それなのにあなたは

とても困った顔をして

・・・そんなことじゃない

と言う



今だからわかる

あの時あなたが

本当に私に聞きたかったこと

ありとあらゆることを知り尽くして

きっとあなたも

またここへ戻ってくる

私はいつまでも

この場所に立っている

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梅雨晴れの日//引きこもり青年との出会い

 6月、いつの間にか梅雨に入っていました。しかし、今日は青空が広がる温かい1日でした。

 数年前、今日のような6月の晴れた日に、10年間引きこもっていた青年の部屋を初めて訪問したことがありました。そして、その時のことを、『希望』という題名の詩にしました。            

                    

        希望

もうわたしはわたしではなく

ただ全部を受け入れる宇宙です

ありとあらゆる感情を受けとめるために

自分ではいかなる感情もいだかず

そうやって

あなたとわたしとのたたかいは始まるのです


少し時間がかかりましたが

やっとその日がやってきたのです

六月でしたが

晴れた日の午後でしたね

入る前に

二回深呼吸しました

ドアには

内側と外側それぞれに

一つずつ大きなへこみがありました

幾重にもなって積み重ねられた少年ジャンプ

その中にあなたはいましたね

長い年月をかけ

四角い部屋の隅々まで

敷きつめられたあなたの細胞

空気さえ

その一部となって

重くわたしに寄りかかり

 

あなたがあなたであることの確かさ

わたしがわたしでいることの苦しさ

わたしたちが向き合うことの危うさ

すべてそれらをそれらとして受けとめ

長い沈黙を共有した果て

あのとき二人

わき立つなにかを

感じずにはいられなかったのです

あなたの固くつぐんだ口もとが

わたしを拒んでいるように見えたにせよ

眼鏡の奥の潤んだ瞳が

鋭く牽制しているように見えたにせよ

                     

もうそのときには

これがあったかというような顔をして

あなたは言葉を

激しくわたしに浴びせかけていましたね

                       

六月でしたが

晴れた日の午後でした

親でない人とまっすぐ向き合うのは

十一年ぶりだったという

あなたに会えたのは  

                                       

あなたの部屋のカレンダー

あの日の日付に丸が印され

その下には

わたしの名前が

小さく記されていましたね

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詩と死と志

 4月1日、青森県八戸市で小学4年生西山拓海君が、30歳の母親に絞殺されました。そして、拓海君が2年生の時に書いた『おかあさん』という詩が公表されました。

    おかあさん

  おかあさんは

  どこでもふわふわ 

  ほっぺは ぷにょぷにょ

  ふくらはぎは ぽよぽよ

  ふとももは ぼよん

  うでは もちもち

  おなかは 小人さんが

  トランポリンをしたら

  とおくへとんでいくくらい

  はずんでいる

  おかあさんは

  とってもやわらかい

  ぼくがさわったら

  あたたかい 気もちいい

  ベッドになってくれる

  拓海君は一体なぜこの詩を書いたのでしょうか。

 心が認知したものと現実とに隔たりがあり、それが怒り・悲しみ・喜びなどの感情を生み出します。隔たりの大きさは、すなわち感情の強さといえなくもありません。そして、そこに表現への意志がエネルギーとして注がれたとき、一つの詩が生まれます。そこには、そうせずにはいられない確かな動機があります。それは年齢に関係なく共通にいえることです。 石川啄木は『一握の砂』の歌を作ったとき、550首のうち、その約半分を2日余りで書いてしまったそうです。中原中也も、23歳のとき一晩で20編もの詩を書き上げました。その原動力は、ときとしてはかり知れない強さを伴います。

 「仲の良い親子像しか浮かんでこない」「近所の人たちは、『仲のいい親子だった』と口をそろえる」「親子関係は良好」などと、各紙は同様に報じています。朝日新聞の『天声人語』では、「詩にあふれる濃密なスキンシップとの落差に、言葉を失う」とありました。

 『おかあさん』という詩、冒頭からの「ふわふわ」「ぷにょぷにょ」「ぽよぽよ」「ぼよん」「もちもち」という擬態語5連発のレトリックに圧倒されます。私は、拓海君はこの詩を母親に読んでもらいたい一心で書いたのではないかと感じます。これを読んだ母親は、そのときそれをどう受けとめたのでしょうか。

 

 3年くらい前に、母親のことをテーマにして詩を書きました。なぜこんな詩を書いたのか、今私は自分自身に問いただしています。

   遡上

 夜には湖も夢見る

 朝には湖もさえずる

 昼下がりには湖も欠伸する

 それなのに私には何もとどかない

 それは私に力がないからなのだろうか

 それとも

 湖が力を失いつつあるからなのだろうか

 未だいだかれ尽せず愛され尽せず

 どんなに求めても

 湖の中にもどることはできない

 母の中にかえることもできない

 それでも私は激しく遡上を本能する

 

 惚けた母は笑ってばかりいる

 なぜ笑っているのかと聞いても

 また笑っているだけだから

 それが答なんだと自分に言い聞かせる

 生まれて初めて母をおぶい湖のほとりに立つ

 その身体は紙袋のように軽い

 しかしそれは

 母が解き放ってきたものの大きさの証だ

 

 母がまだ幼かったころ

 祖母はよく東を向き

 深く合掌した

 それは空に向かっているようであり

 あるいはまた

 湖に向かっているようでもあった

 それから明くる日の晴雨寒暖を口にし

 それがみごとに当たるのが

 子供の私には愉快で仕方なかった

 老いた母も時々同じことをした

 同じものを見ても

 私にはみえないものを母はみていた

 同じものを聞いても

 私にはきこえないものを母はきいていた

 おなじものを感じても

 私にはかんじられないものを母はかんじていた

 今 母は私の背中で

 ゆっくり最後の命の光を解き放とうとしている

 湖は優しく言葉を閉じようとしている

 そのとき

 笑ってばかりの母が湖に向かい静かに泣いた

 私は 聞きそびれた想いをそっと湖に鎮める

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湖の春

 仕事で、毎日のように車で走り回っています。今日の湖です。朝刊では「ようやく湖の氷が解け始めた」とありましたが、この通りです。

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  『せり上がり現象』もまだ残っています。

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 今まで、いろんな詩を書きました。いつだったか、湖が登場する詩が多いことに気づきました。思えば、物心ついた頃からずっと、私は湖にいだかれて生きてきたように感じます。湖は私のアーキタイプ(原型)に違いありません。10年くらい前に書いたこんな詩がありました。

 * * * * * *

     みずうみ

私たちが決め込んだ無表情は

互いを分かり合うに足りた

あの頃

時を同じくして

心を凍らす術を覚えた

君にも私にも

何かとても大切なものに

見捨てられはしないかという想いがあったから

    *

湖は美しく沈黙していた

寄り添うカップルが湖氷を恐る恐る歩いている

私たちはまっすぐそれを見る

    *

「もう 緩み始めているのに・・・」

ことばが

君の無表情から柔らかくこぼれる

「頼られているうちは見捨てられることはないから」

ことばが

私の無表情からも静かにこぼれる

「あの二人 大丈夫かしら?」

「でも 最後には激しく突き放されるのではないかと・・・・・・」

「あ 雪」

「だからもう 君も私も」

「積もるかな?」

「頼られることに頼っていてはいけない」

「積もったらいいな」

「どうして?」

「わかるでしょ」

    *

すると湖の辺りがにわかにわななき立ち

沈む女が差し伸ばした腕を

男が必死に振り払おうとしている

    *

私たちは踏みしめた

古い汚れた雪の上に

あたたかく降り積もり始めた新しい雪を

女の叫び声を背中で聞きながら

   

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