心と体

梅雨晴れの日//引きこもり青年との出会い

 6月、いつの間にか梅雨に入っていました。しかし、今日は青空が広がる温かい1日でした。

 数年前、今日のような6月の晴れた日に、10年間引きこもっていた青年の部屋を初めて訪問したことがありました。そして、その時のことを、『希望』という題名の詩にしました。            

                    

        希望

もうわたしはわたしではなく

ただ全部を受け入れる宇宙です

ありとあらゆる感情を受けとめるために

自分ではいかなる感情もいだかず

そうやって

あなたとわたしとのたたかいは始まるのです


少し時間がかかりましたが

やっとその日がやってきたのです

六月でしたが

晴れた日の午後でしたね

入る前に

二回深呼吸しました

ドアには

内側と外側それぞれに

一つずつ大きなへこみがありました

幾重にもなって積み重ねられた少年ジャンプ

その中にあなたはいましたね

長い年月をかけ

四角い部屋の隅々まで

敷きつめられたあなたの細胞

空気さえ

その一部となって

重くわたしに寄りかかり

 

あなたがあなたであることの確かさ

わたしがわたしでいることの苦しさ

わたしたちが向き合うことの危うさ

すべてそれらをそれらとして受けとめ

長い沈黙を共有した果て

あのとき二人

わき立つなにかを

感じずにはいられなかったのです

あなたの固くつぐんだ口もとが

わたしを拒んでいるように見えたにせよ

眼鏡の奥の潤んだ瞳が

鋭く牽制しているように見えたにせよ

                     

もうそのときには

これがあったかというような顔をして

あなたは言葉を

激しくわたしに浴びせかけていましたね

                       

六月でしたが

晴れた日の午後でした

親でない人とまっすぐ向き合うのは

十一年ぶりだったという

あなたに会えたのは  

                                       

あなたの部屋のカレンダー

あの日の日付に丸が印され

その下には

わたしの名前が

小さく記されていましたね

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悲しい

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 すぐ近所に住む中学1年生のT君が、列車にはねられ亡くなりました。S湖でボートの練習をし、友人と一緒に、自転車に乗って帰宅する途中のことでした。渡ろうとした踏切には遮断機がなく、以前からその危険性が指摘されていました。

 T君のお父さんとは幼なじみでした。また、母親同士・子供たち同士の交流もありました。あまりにも突然の出来事に、ただ呆然とするばかりです。

 夜、家族全員(妻と娘二人)で、お線香を上げに行きました。T君の顔を見せていただきました。その場にいた者全員が泣きました。娘たちには、とても残酷な時間だったと思います。しかし、たとえどんなに辛くても、こうやってしっかり現実を受けとめていくこと、死というものを全身で感じ取っていくことが、私たちにとって必要であり、大切なことだと思いました。また、そのことによって、生きていくことの尊さを確かめることもできるのだと感じました。

 T君のご冥福をお祈りします。                                                  

Humikiri

T君が列車にひかれた踏切。わきには野花が手向けられていました。

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「ありがとう」(発達障害について)

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 今日、小学生と、「ありがとう」はどんな時に言うのか、ということについて話しました。「ほしいものをもらった時」、「借りていたものを返す時」、「なにか助けてもらった時」・・・。普通私たちは、こんな時、けっして頭で考えるのではなくて、自然にわき立ってくる感謝の気持ちから「ありがとう」と言います。このように、行動の源になり、自然にわき立ってくるはずの感情をいだくことができない、ここに発達障害の核心があると思います。このことを、対人関係上においてとらえるとするなら、『他の人の立場になって感じる力[他者視点もしくは心の理論=TOM(thought of mind)と言います]の欠如』ということになります。

 小学生に会う前に、傷だらけになったレンズを交換するため、眼鏡屋さんに立ち寄りました。そのついでに、色覚についても調べてもらいました。私は強度の赤緑色弱です。これも一種の障害です。赤・茶・緑・紫などの区別がほとんどできません。新5千円札が出た当初、色だけでは千円札との区別がつかず、コンビニなどで、千円札のつもりで5千円札を出してしまい、店員から、「まずは4千円から・・・」などと言われ、おつりを差し出され、どぎまぎしてしまったことが、何度かありました。眼鏡屋では、店長が対応してくれ、まず検査をしました。幾つかの色が散りばめられた円の中の数字やひらがなを読み取る検査でしたが、12問中2問しかわかりませんでした。その後、店長から渡された色つきのフィルターを目にあてがって見てみると、なんと、まるで手品のように、全く見えなかった数字やひらがながくっきり浮かび上がってきました。別の世界を見た気がし、驚かずにはいられませんでした。

 私の赤緑色弱は先天的・遺伝的なものです。また、いくら集中力を高め、努力してみても、見えないものは見えません。高機能自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害も同じです。問題行動があったとして、それが本人のなまけだとか努力不足だとか人間性に起因するものではけっしてないということを、理解しておく必要があります。

 この文章を書きながら、今月の上旬、ある小学校の入学式に出席した時のことを思い出しました。お祝いの挨拶で、校長先生や来賓の方が「ご入学おめでとう」と言う度に、1年生が、ゆっくり大きな声で、「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す」と答えていました。式半ば、教頭先生による祝電披露がありました。「祝電が届いていますので、一部披露させていただきます。1年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。・・・」すると、ここでもまた、[あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す」と、可愛い返事が返ってきました。来賓席や保護者席から、仄かに笑い声が聞こえてきました。大変微笑ましい光景でした。

 宇多田ヒカルの『Flavor Of Life』、いい歌です。その出だしは確かこうでした。「ありがとう、と君に言われるとなんだかせつない」 

 「ありがとう」という言葉、私自身、今まで上手く使えていたのでしょうか。

  

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詩と死と志

 4月1日、青森県八戸市で小学4年生西山拓海君が、30歳の母親に絞殺されました。そして、拓海君が2年生の時に書いた『おかあさん』という詩が公表されました。

    おかあさん

  おかあさんは

  どこでもふわふわ 

  ほっぺは ぷにょぷにょ

  ふくらはぎは ぽよぽよ

  ふとももは ぼよん

  うでは もちもち

  おなかは 小人さんが

  トランポリンをしたら

  とおくへとんでいくくらい

  はずんでいる

  おかあさんは

  とってもやわらかい

  ぼくがさわったら

  あたたかい 気もちいい

  ベッドになってくれる

  拓海君は一体なぜこの詩を書いたのでしょうか。

 心が認知したものと現実とに隔たりがあり、それが怒り・悲しみ・喜びなどの感情を生み出します。隔たりの大きさは、すなわち感情の強さといえなくもありません。そして、そこに表現への意志がエネルギーとして注がれたとき、一つの詩が生まれます。そこには、そうせずにはいられない確かな動機があります。それは年齢に関係なく共通にいえることです。 石川啄木は『一握の砂』の歌を作ったとき、550首のうち、その約半分を2日余りで書いてしまったそうです。中原中也も、23歳のとき一晩で20編もの詩を書き上げました。その原動力は、ときとしてはかり知れない強さを伴います。

 「仲の良い親子像しか浮かんでこない」「近所の人たちは、『仲のいい親子だった』と口をそろえる」「親子関係は良好」などと、各紙は同様に報じています。朝日新聞の『天声人語』では、「詩にあふれる濃密なスキンシップとの落差に、言葉を失う」とありました。

 『おかあさん』という詩、冒頭からの「ふわふわ」「ぷにょぷにょ」「ぽよぽよ」「ぼよん」「もちもち」という擬態語5連発のレトリックに圧倒されます。私は、拓海君はこの詩を母親に読んでもらいたい一心で書いたのではないかと感じます。これを読んだ母親は、そのときそれをどう受けとめたのでしょうか。

 

 3年くらい前に、母親のことをテーマにして詩を書きました。なぜこんな詩を書いたのか、今私は自分自身に問いただしています。

   遡上

 夜には湖も夢見る

 朝には湖もさえずる

 昼下がりには湖も欠伸する

 それなのに私には何もとどかない

 それは私に力がないからなのだろうか

 それとも

 湖が力を失いつつあるからなのだろうか

 未だいだかれ尽せず愛され尽せず

 どんなに求めても

 湖の中にもどることはできない

 母の中にかえることもできない

 それでも私は激しく遡上を本能する

 

 惚けた母は笑ってばかりいる

 なぜ笑っているのかと聞いても

 また笑っているだけだから

 それが答なんだと自分に言い聞かせる

 生まれて初めて母をおぶい湖のほとりに立つ

 その身体は紙袋のように軽い

 しかしそれは

 母が解き放ってきたものの大きさの証だ

 

 母がまだ幼かったころ

 祖母はよく東を向き

 深く合掌した

 それは空に向かっているようであり

 あるいはまた

 湖に向かっているようでもあった

 それから明くる日の晴雨寒暖を口にし

 それがみごとに当たるのが

 子供の私には愉快で仕方なかった

 老いた母も時々同じことをした

 同じものを見ても

 私にはみえないものを母はみていた

 同じものを聞いても

 私にはきこえないものを母はきいていた

 おなじものを感じても

 私にはかんじられないものを母はかんじていた

 今 母は私の背中で

 ゆっくり最後の命の光を解き放とうとしている

 湖は優しく言葉を閉じようとしている

 そのとき

 笑ってばかりの母が湖に向かい静かに泣いた

 私は 聞きそびれた想いをそっと湖に鎮める

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ハムスターの十戒

 1年くらい前から飼っているハムスターの『ハッピー』です。

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 「飼い主」は次女なのですが、最近世話を怠り気味です。『犬の十戒』というのが話題になっています。それをもとにして、『Hamu*chu』管理人のマッシュさんという方が『ハムスターの十戒』を作りました。http://ham119.info/log/kimoti.html・・・これを娘に読ませなければと思っています。

 「あなたには仕事があり、楽しみがあり、友達もいます。でも、私にはあなたしかいません」・・・心にしみる言葉です。ハムスターの寿命は長くて3年。 家族全員で大切にしていきたいと思います。

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不登校からの挑戦

 別れの季節です。今日も、私にとって感慨深い別れがありました。不登校だったT君と初めて出会ったのは、彼が中3の時の夏でした。あれから3年7ヶ月、週に1回、2時間の付き合いでした。いろんなことを思い出します。彼は成長し、自分に自信が持てるようになり、本当にたくましくなりました。不登校の時期があったからこそ、今の彼があるんだと思います。

 T君は、今春現役で東北大学を受験しました。合格の可能性は十分ありました。しかし残念ながら不合格でした。4月からは予備校生活が始まります。そんな彼と、今日、最後のお別れをしてきました。彼は、いい顔をしていました。次は大丈夫だと確信しました。

 T君の家へ行く途中で見たT科山です。山も、どっしり腰をすえて、「大丈夫だ」とエールを送ってくれているように見えました。

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秋田・女子中学生校内自殺のニュースについて

 また、悲しい出来事がありました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080316-00000002-sph-soci

 卒業式で歌われる歌の歌詞の中に、『心って、海より深い』というようなフレーズがあったことを、ふと思い出しました。例えば人の心の深さが海のそれと同じだとして、私たちがわかっている部分なんてたかだか『庭先の池』くらいのものです。平成16年の年末、両親が教師だった引きこもりの19歳の青年が、その両親を鉄アレイで殴り殺すという痛ましい事件がありました。母親は、その数年前から、教師を辞め本人の心のケアに尽くしていたそうです。その青年の苦悩にまみれた心は、誰にも手の届かない深いところにあったんだと、私はその時そう思いました。

 女生徒を死に向かわせた心の深み、そこに踏み入っていくことなど誰にもできなかったと思います。そういう意味では、誰を責めることもできません。しかし、それでは彼女の自殺という行為そのものを防ぐことはできなかったのかというと、けっしてそうではないと感じます。『対応の限界』と見切りをつけることなく、今後こういうことが繰り返されないよう、常に私たちは私たち自身の立居振舞いのありようも見定め合っていかなければなりません。

 若い頃、夜中に手紙を書いて、次の朝、投函する前にもう一度読み返して、あわててそれを破り捨て、胸をなで下ろした、というようなことが何度かありました。しかし、メールは書いたその場、その瞬間に相手に送ることができてしまいます。無防備で不安定で丸裸な心と心のふれあいの中で、便利さは、まさにもろ刃の剣です。例えば、携帯を持たすということは、場合によっては、引き金を引いたらどうなるのか、その危険性を知らない者に、銃を握らせているようなものでもあります。何年か前に、ノンフィクション作家で評論家の柳田邦男は、『ネット教育の弊害』に関わる新聞記事の中で次のようなことを述べています。「・・・。情報はもろ刃の剣。ものすごく便利な反面、情報操作による戦争の正当化や政治選択の強制からプライバシーの侵害に至るまで、凶器にもなり得る。ところが大人社会でさえ、情報のセキュリティもモラルも確立されていない。子供たちに、パソコン遊びを教えるよりも、情報化社会の危険性を考える力や、情報モラルを身につけさせるほうが先決だろう。小学校からパソコンを追放することまで視野に入れた議論が急務だ」

 若くて未成熟な心は、見境なく便利さを享受します。その背後には、自制し難い思春期特有の欲望が渦巻いています。彼らの心の深みに踏み入っていくことは難しいです。しかし、そこから死を追いやるために、私たち(大人)にできること・しなければならないことがあるはずです。

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リストカット

 今日、リストカットの女の子と面談しました。

 私が初めてリストカットの子とめぐり合ったのは、今から9年前でした。それ以来100例を超える数のリストカットを見てきました。これは一体どういうことだろうかと、自分自身で試みたこともありました。普通の精神状態ではけっしてできるもんじゃないと、その時実感しました。

 リストカットの背景には幾つかの意味があって、それによって傷の様子や深さなどが違ってきたりします。私は、リストカットがある場合は、見せてくださいと必ず頼みます。拒まれることはまずありません。傷を隠している子も隠していない子もいますが、いずれにしても、言葉では表現しがたい苦しみや悲しみや辛さがあって、それをわかってもらいたいという思いが、心の奥にあるんだなと感じます。

 多くが女性です。お母さんに対する、「HELP ME ! 助けて!」というような心の叫びの表現である場合が多いように感じます。

 もしリストカットがわかった場合には、本人としっかり向き合って、そっと手をそえてその傷を見ながら、どんな気持ちでやっちゃったのか穏やかに聞きます。そして、「いくら身体を傷つけても、心の傷は癒えないんだから、もうやめようか」と、優しく語りかけてほしいです。私はそうしています。「なぜやったの?」という聞き方は、本人を追い詰めてしまうことになるので、避けるべきだと思います。

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