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詩と死と志

 4月1日、青森県八戸市で小学4年生西山拓海君が、30歳の母親に絞殺されました。そして、拓海君が2年生の時に書いた『おかあさん』という詩が公表されました。

    おかあさん

  おかあさんは

  どこでもふわふわ 

  ほっぺは ぷにょぷにょ

  ふくらはぎは ぽよぽよ

  ふとももは ぼよん

  うでは もちもち

  おなかは 小人さんが

  トランポリンをしたら

  とおくへとんでいくくらい

  はずんでいる

  おかあさんは

  とってもやわらかい

  ぼくがさわったら

  あたたかい 気もちいい

  ベッドになってくれる

  拓海君は一体なぜこの詩を書いたのでしょうか。

 心が認知したものと現実とに隔たりがあり、それが怒り・悲しみ・喜びなどの感情を生み出します。隔たりの大きさは、すなわち感情の強さといえなくもありません。そして、そこに表現への意志がエネルギーとして注がれたとき、一つの詩が生まれます。そこには、そうせずにはいられない確かな動機があります。それは年齢に関係なく共通にいえることです。 石川啄木は『一握の砂』の歌を作ったとき、550首のうち、その約半分を2日余りで書いてしまったそうです。中原中也も、23歳のとき一晩で20編もの詩を書き上げました。その原動力は、ときとしてはかり知れない強さを伴います。

 「仲の良い親子像しか浮かんでこない」「近所の人たちは、『仲のいい親子だった』と口をそろえる」「親子関係は良好」などと、各紙は同様に報じています。朝日新聞の『天声人語』では、「詩にあふれる濃密なスキンシップとの落差に、言葉を失う」とありました。

 『おかあさん』という詩、冒頭からの「ふわふわ」「ぷにょぷにょ」「ぽよぽよ」「ぼよん」「もちもち」という擬態語5連発のレトリックに圧倒されます。私は、拓海君はこの詩を母親に読んでもらいたい一心で書いたのではないかと感じます。これを読んだ母親は、そのときそれをどう受けとめたのでしょうか。

 

 3年くらい前に、母親のことをテーマにして詩を書きました。なぜこんな詩を書いたのか、今私は自分自身に問いただしています。

   遡上

 夜には湖も夢見る

 朝には湖もさえずる

 昼下がりには湖も欠伸する

 それなのに私には何もとどかない

 それは私に力がないからなのだろうか

 それとも

 湖が力を失いつつあるからなのだろうか

 未だいだかれ尽せず愛され尽せず

 どんなに求めても

 湖の中にもどることはできない

 母の中にかえることもできない

 それでも私は激しく遡上を本能する

 

 惚けた母は笑ってばかりいる

 なぜ笑っているのかと聞いても

 また笑っているだけだから

 それが答なんだと自分に言い聞かせる

 生まれて初めて母をおぶい湖のほとりに立つ

 その身体は紙袋のように軽い

 しかしそれは

 母が解き放ってきたものの大きさの証だ

 

 母がまだ幼かったころ

 祖母はよく東を向き

 深く合掌した

 それは空に向かっているようであり

 あるいはまた

 湖に向かっているようでもあった

 それから明くる日の晴雨寒暖を口にし

 それがみごとに当たるのが

 子供の私には愉快で仕方なかった

 老いた母も時々同じことをした

 同じものを見ても

 私にはみえないものを母はみていた

 同じものを聞いても

 私にはきこえないものを母はきいていた

 おなじものを感じても

 私にはかんじられないものを母はかんじていた

 今 母は私の背中で

 ゆっくり最後の命の光を解き放とうとしている

 湖は優しく言葉を閉じようとしている

 そのとき

 笑ってばかりの母が湖に向かい静かに泣いた

 私は 聞きそびれた想いをそっと湖に鎮める

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コメント

“母親に読んでもらいたかった一心で書いた”と思うと涙腺がゆるみます。

投稿: 黒砂糖 | 2008年4月 6日 (日) 21時15分

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