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「ありがとう」(発達障害について)

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 今日、小学生と、「ありがとう」はどんな時に言うのか、ということについて話しました。「ほしいものをもらった時」、「借りていたものを返す時」、「なにか助けてもらった時」・・・。普通私たちは、こんな時、けっして頭で考えるのではなくて、自然にわき立ってくる感謝の気持ちから「ありがとう」と言います。このように、行動の源になり、自然にわき立ってくるはずの感情をいだくことができない、ここに発達障害の核心があると思います。このことを、対人関係上においてとらえるとするなら、『他の人の立場になって感じる力[他者視点もしくは心の理論=TOM(thought of mind)と言います]の欠如』ということになります。

 小学生に会う前に、傷だらけになったレンズを交換するため、眼鏡屋さんに立ち寄りました。そのついでに、色覚についても調べてもらいました。私は強度の赤緑色弱です。これも一種の障害です。赤・茶・緑・紫などの区別がほとんどできません。新5千円札が出た当初、色だけでは千円札との区別がつかず、コンビニなどで、千円札のつもりで5千円札を出してしまい、店員から、「まずは4千円から・・・」などと言われ、おつりを差し出され、どぎまぎしてしまったことが、何度かありました。眼鏡屋では、店長が対応してくれ、まず検査をしました。幾つかの色が散りばめられた円の中の数字やひらがなを読み取る検査でしたが、12問中2問しかわかりませんでした。その後、店長から渡された色つきのフィルターを目にあてがって見てみると、なんと、まるで手品のように、全く見えなかった数字やひらがながくっきり浮かび上がってきました。別の世界を見た気がし、驚かずにはいられませんでした。

 私の赤緑色弱は先天的・遺伝的なものです。また、いくら集中力を高め、努力してみても、見えないものは見えません。高機能自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害も同じです。問題行動があったとして、それが本人のなまけだとか努力不足だとか人間性に起因するものではけっしてないということを、理解しておく必要があります。

 この文章を書きながら、今月の上旬、ある小学校の入学式に出席した時のことを思い出しました。お祝いの挨拶で、校長先生や来賓の方が「ご入学おめでとう」と言う度に、1年生が、ゆっくり大きな声で、「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す」と答えていました。式半ば、教頭先生による祝電披露がありました。「祝電が届いていますので、一部披露させていただきます。1年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。・・・」すると、ここでもまた、[あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す」と、可愛い返事が返ってきました。来賓席や保護者席から、仄かに笑い声が聞こえてきました。大変微笑ましい光景でした。

 宇多田ヒカルの『Flavor Of Life』、いい歌です。その出だしは確かこうでした。「ありがとう、と君に言われるとなんだかせつない」 

 「ありがとう」という言葉、私自身、今まで上手く使えていたのでしょうか。

  

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