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リストカット

 今日、リストカットの女の子と面談しました。

 私が初めてリストカットの子とめぐり合ったのは、今から9年前でした。それ以来100例を超える数のリストカットを見てきました。これは一体どういうことだろうかと、自分自身で試みたこともありました。普通の精神状態ではけっしてできるもんじゃないと、その時実感しました。

 リストカットの背景には幾つかの意味があって、それによって傷の様子や深さなどが違ってきたりします。私は、リストカットがある場合は、見せてくださいと必ず頼みます。拒まれることはまずありません。傷を隠している子も隠していない子もいますが、いずれにしても、言葉では表現しがたい苦しみや悲しみや辛さがあって、それをわかってもらいたいという思いが、心の奥にあるんだなと感じます。

 多くが女性です。お母さんに対する、「HELP ME ! 助けて!」というような心の叫びの表現である場合が多いように感じます。

 もしリストカットがわかった場合には、本人としっかり向き合って、そっと手をそえてその傷を見ながら、どんな気持ちでやっちゃったのか穏やかに聞きます。そして、「いくら身体を傷つけても、心の傷は癒えないんだから、もうやめようか」と、優しく語りかけてほしいです。私はそうしています。「なぜやったの?」という聞き方は、本人を追い詰めてしまうことになるので、避けるべきだと思います。

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コメント

“カウンセリングを学びながら生きてみて…”


ひとつの出来事とか事象から、
いろいろなものが露呈してみえてくる。
それと対峙して生きることが自分に出来ることだと思います。

(目に見えるものの問題解決をすることが、
問題解決ではない。)

ちょっと抽象的過ぎるかもしれませんが、
こんなこと思いながら、
「なんとかなるものさ…」
といって暮らしています。

投稿: かんなづき | 2008年3月19日 (水) 17時32分

 そうですね。「こうでなければ・・」とか、「こうあるべき」から、「そうなればそれにこしたことはないが、そうならなくてもなんとかなるさ」と考えること、これってまさに『論理療法』のとらえかたです。

投稿: エリクソン | 2008年3月20日 (木) 11時09分

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