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秋田・女子中学生校内自殺のニュースについて

 また、悲しい出来事がありました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080316-00000002-sph-soci

 卒業式で歌われる歌の歌詞の中に、『心って、海より深い』というようなフレーズがあったことを、ふと思い出しました。例えば人の心の深さが海のそれと同じだとして、私たちがわかっている部分なんてたかだか『庭先の池』くらいのものです。平成16年の年末、両親が教師だった引きこもりの19歳の青年が、その両親を鉄アレイで殴り殺すという痛ましい事件がありました。母親は、その数年前から、教師を辞め本人の心のケアに尽くしていたそうです。その青年の苦悩にまみれた心は、誰にも手の届かない深いところにあったんだと、私はその時そう思いました。

 女生徒を死に向かわせた心の深み、そこに踏み入っていくことなど誰にもできなかったと思います。そういう意味では、誰を責めることもできません。しかし、それでは彼女の自殺という行為そのものを防ぐことはできなかったのかというと、けっしてそうではないと感じます。『対応の限界』と見切りをつけることなく、今後こういうことが繰り返されないよう、常に私たちは私たち自身の立居振舞いのありようも見定め合っていかなければなりません。

 若い頃、夜中に手紙を書いて、次の朝、投函する前にもう一度読み返して、あわててそれを破り捨て、胸をなで下ろした、というようなことが何度かありました。しかし、メールは書いたその場、その瞬間に相手に送ることができてしまいます。無防備で不安定で丸裸な心と心のふれあいの中で、便利さは、まさにもろ刃の剣です。例えば、携帯を持たすということは、場合によっては、引き金を引いたらどうなるのか、その危険性を知らない者に、銃を握らせているようなものでもあります。何年か前に、ノンフィクション作家で評論家の柳田邦男は、『ネット教育の弊害』に関わる新聞記事の中で次のようなことを述べています。「・・・。情報はもろ刃の剣。ものすごく便利な反面、情報操作による戦争の正当化や政治選択の強制からプライバシーの侵害に至るまで、凶器にもなり得る。ところが大人社会でさえ、情報のセキュリティもモラルも確立されていない。子供たちに、パソコン遊びを教えるよりも、情報化社会の危険性を考える力や、情報モラルを身につけさせるほうが先決だろう。小学校からパソコンを追放することまで視野に入れた議論が急務だ」

 若くて未成熟な心は、見境なく便利さを享受します。その背後には、自制し難い思春期特有の欲望が渦巻いています。彼らの心の深みに踏み入っていくことは難しいです。しかし、そこから死を追いやるために、私たち(大人)にできること・しなければならないことがあるはずです。

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コメント

 こんにちは。検索していてここに行き着きました。
自殺があった日の学校の対応次第で、結果は違っていたと思う。ただ、だからといって学校に責任がある、ということでもない。そういうことです・・・よね。

投稿: かぜひき | 2008年3月18日 (火) 10時43分

 かぜひきさん、コメントありがとうございます。そういうことだと、私は思っています。
 これからも、たまには来てみてください。

投稿: エリクソン | 2008年3月19日 (水) 13時38分

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